2007年03月05日

武蔵は大和の右後方に・・・

栗田中将直率の第一部隊は、戦艦3、重巡6、軽巡1、駆逐9の19隻で出ましたが、シブヤン海で接敵序列の輪陣形を組んだときは、14隻になってました。(傷ついた「高雄」は「朝霜」「長波」が護衛して、26日04:00、ブルネイにたどりつきました)

「大和」中心にその外側を、前が「能代」、右前方2時の方向に「妙高」、4時方向に「武蔵」、6時方向真後ろが「羽黒」、8時方向が「長門」、10時方向に「鳥海」がそれぞれ占位します。
さらに、その外側を0時方向に「島風」、1時「早霜」、3時「岸波」、5時「沖波」、7時「浜波」、9時「藤波」、11時「秋霜」の7つの駆逐艦が守ります。
想像つきますか、大和からぐるっと360度見たら、30度毎に味方の艦が見えるわけです。

対空序列ですが同時に潜水艦の魚雷からも、旗艦は守られているわけですね。
大和のまん前に第2水雷戦隊の旗艦軽巡「能代」、つまり外側の駆逐艦たちの親分がいて、その前に「島風」がいます。

「島風」がこの艦隊の一番先頭にいることになります。この「島風」が実は日本海軍最高速、最強力の駆逐艦です。
速力39ノット、一度に15本の魚雷を発射する雷撃力を持っていた艦なのです。
ちなみに機関出力が75000馬力、「大和」の半分です。
排水量2600トン足らずですから、重さは大和の24分の1にも満たないのに。
小型車にスポーツエンジン載せてる感じかも?

細かい記述が続きますが、実は今ネット上にも誤ったものがたくさんあるのが気になるので、なるべく正確にと思っていますので、読んで下さる方はお許しください。
お気付きのことがありましたら、ぜひコメントをお願いします。


posted by shuuin at 19:12| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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