2007年03月07日

閑話休題

レイテ沖海戦を書いていて、だんだん詳しくなってしまうのは、何故なのだろう?
ふと自分でもわからなくなったりします。

この海戦にこだわりだしたのには、ふとした動機がありました。

それは、ある歴史が好きという若者がいった言葉でした。
「あの頃はもう厭戦気分がひろまっていて・・・」
だから、上から言われていやいや戦ってた云々。やる気がないから、負けた。上は上で戦略や作戦が駄目だから負けた。

それを聞いた時には、ショックでした。心無い言葉という以前に、あまりに歴史を知らなすぎる。
死者たちがもし聞いたら、血の涙を流して悔しがるだろう、などと思ったほどです。

神風特攻が始まったのもこのときですが、それについても様々な
忖度がなされています。
死者たちは語れないのですから、後世の人間が様々に憶測し推理し忖度してゆくしか方法はないのですが・・・
それには、前提として淡々とあるがままの歴史を知り、そこで起こった出来事の検証がなければならない、そう思います。

近年、ますますかまびすしくなっている近隣諸国(特定の二、三の国ですが)の昭和の日本に対する非難にしても、肝心の日本人が自国の歴史、その近現代史を良く知らないので、言われっぱなしになってるような気がしてなりません。
向こうが主張する「歴史」とかに、反対か賛成で議論してる類のことがずっと続いている、みたいな。

なんとなく思い込みで、あるいは思い込まされて、謝ったり認めたりしてしまう。これは政治家だけでなく国民みんながそうなってしまっているようです。

世代が交代してるのは各国すべてでしょうが、戦後生まれの指導者たちが政権に就いたとたん、とんでもない史観で発言・要求してくるのは前から感じてます。
要するに知らないのですから、平気で何でもいえるわけです。

日本人全体が、もういちど昭和の歴史と日本人を見直してアイデンティティを見つけないと、日本が滅びてしまうような気さえしてきます。
昭和戦前・戦中の歴史を、後ろめたさで目をつぶるのではなく、きちっとつなげてゆく、それが大事だと思います。
それは右翼とか、戦争賛美とかと全く違う次元のことです。
日本人がなくしてしまったら、誰が日本の歴史をつたえるのですか?

市井の片隅で、無力な自分が憂国の思いにかられているのがなぜなのか、わからなくなりますけれど。

話がそれましたが、最近ネットで『「武蔵」は巨砲を撃った反動で沈んでしまったと聞きましたが云々』というのを目にしました。????
何かの冗談にしても?

当時の日本の建艦技術は、そんなにやわではなかったのですよ。
自信を持ってください、ご自分たちの祖先に。
「武蔵」は不沈艦でした・・・
posted by shuuin at 18:04| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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