2007年04月15日

航空母艦と戦艦、どっちが強い?

鮫と鰐、犀となんとか、どっちが強い?
バーチャルの世界で、流行っているようです。
そのひそみに習って、空母と戦艦ですがどうでしょうか?

昭和の戦争、つまり太平洋戦争が語られるとき、航空機の時代に大艦巨砲主義の日本は遅れていたといわれます。大艦巨砲には日清戦争以来の由来があるのですが、それはともかく航空機の時代を招来したのは、山本五十六でした。

さかのぼれば、二つの海軍軍縮条約のせいで日本の建艦が制限されてしまったことから始まってます。
それならと、海軍航空隊を育てて、マレー沖海戦で英の戦艦、巡洋艦を沈めた。それが逆に航空機の威力を世界中にしらせてしまったわけです。

で、航空母艦時代が到来します。最強なのは空母か?

実は、空母が強いのは、艦載機が守っていてこそなのですね。
空母自体には、いくつか弱点があります。

まず、飛行甲板があるために、防御兵器が著しく制限されます。つまり大砲や銃器が積めない。

さらに、オクタン価の高い航空燃料を大量に積み込むために、爆発の危険がさけられないのが、最大の泣きどころなのです。
あのマリアナ沖海戦で、小澤冶三郎中将の旗艦、新造の重防御空母「大鳳」が、たった1本の魚雷をうけて沈没したのがこれですね。
被雷の衝撃でわずかにもれたガソリンのガスが、後に大爆発をひき起こしてしまった。

それと、空母の命である飛行甲板は、たった一発の爆撃や砲撃で使えなくなることもある。とたんに発着艦のできない艦載機は、無きに等しいことに、これも空母の弱味です。飛行機なしではただの浮かぶ鉄の箱かも?

「大鳳」が重防御空母といわれたのは、飛行甲板を750ミリの厚さの鋼板にしたからですが、皮肉なことにその威力?を示すこともなく、三月あまりの短命に終わりました。
ただ、飛行甲板を強化できたのは、海軍国イギリスについで世界で二番目でしたから、日本の空母建造技術の高さは誇ってもいいかもしれません。空母に限らずこの造船技術こそが、戦後日本の復活の原動力になったのですから。

で、この数々の弱点を補うために、空母にはなにが備わっていたか?
それは足の速さでした。空母は見かけによらず、逃げ足が速かったともいえます。
重い飛行甲板をのせた「大鳳」でも、最大戦速33・3ノット出します。ちなみに、戦艦「大和」は27ノットですから、追いかけっこでは捕まえられませんね。
アメリカの制式空母も34ノットは出したといいます。

空母VS戦艦が一対一でもし戦ったら?
両者の距離が40キロ以内だったら、空母が50機の艦載機を飛ばして雷爆撃を敢行したとしても、まず戦艦が勝ちそうに思えます。

空母は海上の航空戦ではめっぽう強いけれど、砲戦になると水上戦闘では最弱だそうです。
戦艦、巡洋艦の射程内に入ったら空母はマッチ箱みたいなもんだ、と。鉄の箱どころじゃなかったですね。
だから、空母の戦い方は必然的にアウトレンジ戦法になるわけです。つまり、艦砲の届かない距離にいて、艦載機を飛ばす。

よく先のマリアナ沖海戦で、小澤司令長官がアウトレンジ戦法を取って失敗したと書いてありますが、第一機動艦隊はいちおう空母9隻が基幹ですからアウトレンジ戦法は当たり前?
ただ、この海戦は敵も空母ですから、あとは艦載機の航続距離の問題になる。日本の方が勝っていたから、少し遠くから飛ばしたということでしょうか。
ほかのいろんなファクターが絡み合って、戦運我に非ず、だったのですかね。


さっき40キロ以内といったのは、想定「大和」です。主砲は40キロまで届いたそうです。その上35キロまでは、見ながら射てたといいます。艦橋が高いから遠望がきくわけですね。

レイテに近づいたとき、栗田艦隊はいわゆるサマール沖海戦を戦ってますが、日本側が思っていたよりはるかに大きな戦果を上げかかっていたようです。艦隊の各艦は、さすがの砲撃の力をみせていたのですが、あまりに射撃の腕がよすぎた?、それと弾の威力が強すぎた?・・・・・・・
あの「武蔵」の猪口艦長が、最後まで心配してた射撃の錬度は、そんなに悪くなかったみたいです。








タグ:空母 造船
posted by shuuin at 19:13| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。