2007年04月17日

戦艦二隻は真北に走る

今日読んだある本に、こんな記事がありました。

筆者の方が、かってレイテ島に慰霊の旅をされたときに、フィリピン人のガイドの方に質問されたそうです。

>「日本の観光客がたくさんセブ島に来るので、向こうに見えるレイテ島では、八万人もの日本の兵隊さんが戦死されたのですと説明しても、多くの人は黙祷するでもなく、ただ眺めているだけ。一体、日本の教育はどうなっているのですか?」

言葉を失いますね。・・・・・

中国人の口から、大岡昇平の「レイテ戦記」も読んでないのか?
お前らアホか、といわんばかりに歴史に無知であることを面罵されて、一言も返せない日本の若者をみて、涙が出たこと思い出しました。

言われたくないですね、外国の人に。
秘かに知性を疑われ、軽蔑の目でみられているかもしれない。


作家大岡昇平が、レイテを書いたことをきかれて、こんなことを言ってます。(大岡は輸送隊の補充兵としてレイテに行ってます)

>「われわれ兵隊仲間としては、弔うには、お墓に行って花束をささげる、涙を流すというようなことより、何かわたしとしては、戦場のことを書いて、その状況を再現するということ・・・・・」

「レイテ戦記」は文学ですけれど、戦史とか戦記とか書くことが、墓標に花束をささげる行為であるとすれば、それを読むこともまたささやかな花を手向けることになりはしないか?
もしかして、このブログでもシブヤン海に、白い菊を一輪捧げられたかと・・・・・・

10月25日の日出は06:27
(海軍用語では日の出のことは、ニッシュツ)
海峡を抜けるときは、千メートル間隔の単縦陣、抜けたらすぐ夜間接敵序列。いちいち陣形を組み替えるのですが、十隻でも大変で一時間半かかったそうです。そして日出一時間前には対空接敵序列すなわち輪形陣に・・・
各艦が「大和」を基準にして、ずっと輪になろうと動いていたときだそうです。南東はるか水平線すれすれに、飛行機がみえた。
そして、マストが、飛行甲板が、空母に飛行機が発着艦してるのが、次々に見えてきたわけですね。

「恨み重なる敵機動部隊を捕らえたのだから、ついに大願成就、レイテ突入なんか後回しにして、この敵に突っかけてゆくのは海軍軍人として当然」
小柳参謀長の述懐です。

「全力即時待機」(突撃用意)
「130度方向に変換」(各隊一斉130度方向に変針)
「展開方面110度」(味方艦隊の進むべき方向)

矢継ぎ早に下令。実際の「大和」艦橋の命令です。このほうが臨場感がありますよね。ちなみに、よく映画でも出てくる「○○度」ですけれど、コンパス、つまり羅針盤の目盛りの通りですから、0度を真北にして、ぐるっと360度時計回りに方向がすぐ分かりますね。
130度は南東よりやや東、その向きに回頭してから、戦闘進行方向は20度東に調整するというわけです。

この附近は、つねに東よりの貿易風が吹いているそうです。
ところで、空母というのは艦載機を発艦させるときには、必ず風に立つものだそうです。その方が艦も安定するし、飛行機は揚力が得られるからでしょうね。

だからこのとき、敵の空母は東を向いていたことになります。つまり、栗田艦隊はその風上に立とうとしたわけです。
陣形にこだわらず、攻撃に入ったのもただただ敵の逃げ足をおそれたからです。

第1戦隊、戦艦「大和」「長門」から撃ち始めます。
第3戦隊、戦艦「金剛」「榛名」がそれにならいます。

続いて、07:30栗田長官は、巡洋艦戦隊に「突撃」を下令。
すなわち、
第5戦隊、重巡「羽黒」「鳥海」
第8戦隊、重巡「熊野」「鈴谷」「利根」「筑摩」。
駆逐艦主体の2つの水雷戦隊は、「後より続行せよ」と命じます。

マッチ箱を射程外に逃がしたらこっちが危ないから、一気に砲力でつぶすために、大型艦の全速突撃したわけですね。

このやりかたは、艦隊対抗決戦展開(すごい名前?)という定石に外れてるのだそうです。水雷戦隊から突っ込むのが、海軍の伝統。
でも、定石にこだわるより、臨機応変のこの戦法でよかった気もしますね。
相手に高速で走り回られて、それを高速で追いかけ回したら、駆逐艦の燃料はすぐなくなる。そこまで、読んでいたらしいですから。
敵がまわりこんできてから、「全軍突撃」下命してます。


恐怖を誘う美しい水柱がたったとき、相手の空母群の司令官スプラーグ少将は戦史の中で、こういっています。
 「迅速な敵の接近は、ほどこす術がないほどであり、射撃の量と精度はますます増大しつつあった。このとき、我が隊の艦で、あと5分と残りうるものが、一隻でもあろうとは思えなかった。わが隊は、絶望的状況の中にあった」
5分以内に、全部沈められてしまう、そう思ったわけですね。


このときの砲撃で、各艦は日ごろの訓練の成果を発揮していたのですが・・・・・

「慎重に、非常に小さな散布界の(23メートル以内だったと)射弾を撃ち込んできたので、急速なジグザグ運動で回避できた」
つまり、もう少し腕が悪くて、弾がばらけていたらさけきれなかったことになります。

「でも、命中したことは、命中した。幸い日本軍は徹甲弾を使っていたので」
薄い鉄板をすっぽぬけて、炸裂しなかったのです。
じつは、相手が護送空母であったがために、砲弾の威力が強すぎて、いわば貫通銃創になってしまった。

わが戦艦「大和」は、前方の駆逐艦を射撃中に、右舷百度に雷跡を発見して、回避のために左へ変針します。それから、ほとんど真北へ走ります。後続の「長門」もつれて。
二隻の戦艦は右に4本、左に2本の魚雷に挟まれて、右にも左にも回避できずに、約10分間、雷跡が消えるまでひたすら北へ・・・
南に逃げる敵空母群とは反対の方向でした。

アメリカ側の戦史には、もっとも強力な戦艦「大和」「長門」は、しばらくあらぬ方向に、走ったため云々、と。

逃げることを、北に走るといいましたね、たしか。敗北の北。
またこの魚雷が、遅い魚雷でやり過ごすこともできなかった、と。

やっぱり天運は、すでに無かったのかもしれないですね。


前日に、猪口「武蔵」艦長がその遺書の中で心配していた射撃の腕のことですが、翌日のこの戦いの米軍側の記録によれば、それほど悪くなかったようです。むしろ砲手たちは、優れていたといって良いかも。彼らの名誉のためにも一言つけくわえたくなりました。

海戦のときというのは、敵艦も自艦も動き回るのですから、狙いをつけることの困難さは想像以上でしょう。それに対空火器ときては、変針しまくる艦の上から、飛び回るものを射つのですからね。

弾道学というのは高度の数学でしたが、何十キロも飛ぶ弾の空気抵抗、風向きや風速まで計算するとなると、・・・・大変です。







タグ:水平線 命中
posted by shuuin at 19:19| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「敵の射撃は天然色映画だッ」

捷一号作戦のレイテ海戦で、「武蔵」を失った栗田艦隊はその後、サンベルナルディーノ海峡をするっとぬけて、レイテに向かいました。

実はこの作戦では、日本側では4つの艦隊が連携して、作戦行動をしていました。
アメリカ側も早くに、3つの艦隊が別々にレイテに向かってきていることは発見しています。

もっとも、米軍も日本艦隊がほんとうに出てくるとは、あの最初に「愛宕」「摩耶」を沈めた潜水艦の報告があるまでは、思っていなかったそうです。
栗田艦隊発見の報告があってから、索敵機を飛ばして見つけたわけです。スリガオ海峡に向かっってくる西村艦隊、後に続く志摩艦隊を。

ところで、日本側の作戦は栗田艦隊のレイテ湾突入の援護のために、小澤機動部隊が南下していました。有名な囮艦隊ですね。
ところが皮肉なことに、発見されることを願ってやきもきしてる小澤艦隊を、アメリカ側が見つけてくれなかった。
ハルゼーの機動部隊は、北方に小澤機動部隊が進んできていることを、考えもしなかった。
わざとらしいと怪しまれないように、でも見つかるようにと、通信量を増やしたりして、あれこれ苦心していたのに。
いつもは、なるべく秘かに行動する機動部隊が、少しでも早く発見されたい、しかも普段どうりにみせかけて。これ意外に難問だったみたいです。

実はこの囮作戦のことは、米軍は早くに知っていたといいますから、ちょっとややこしくなります。海軍の暗号はミッドウェイ海戦の前から解読されていましたし、スパイ網もあったのかもしれません。ただ、その作戦そのものを、ばかばかしいニセ情報だと、一笑に付してしまったらしいです。

まったく戦争の機微とでもいうか、事実は小説より奇なりとでもいうべきですか。

で、その結果、ハルゼー機動部隊の猛空襲が栗田艦隊に向けられ、「武蔵」が沈んだわけですね。
その後の展開から、小澤艦隊の成功と、栗田艦隊の失敗というのが、この作戦の一般的評価です。確かにそうなのですが、囮艦隊半分成功ぐらいかもしれないと勝手に思っています。悪いのは気づかなかった米艦隊のミスですから、小澤艦隊には落ち度はないですけれど。

あるできことから、もしやと気づいたハルゼーが、そこで向きを変えて全力で小澤艦隊を追いかけることになります。

栗田艦隊が海峡をするっとぬけたのは、そういうわけでした。
この間に、後に問題になった「通信」のあれこれがあるのですが・・・・・
とにかく、「大和」の艦橋ではまったく様子がわからず不思議だったようですね。急にまったく攻撃されなくなったことが。

そして、栗田艦隊では、前方に夢にまで見たアメリカの空母艦隊を発見します。天は我を見捨てなかったか、といったかどうかは分かりませんが、とにかくその気分でしょうね。幕僚の中に、涙を流して快哉を叫ぶものもいたそうですから。
レイテ突入という本来の任務は後回しにして、まず目の前の獲物から、というわけですね。好餌を前にした猟犬の群れに例えたら、栗田艦隊に失礼かな?

その一方で、米軍側の驚愕は想像以上のものになります。ハルゼーが破損艦の集団に過ぎないといっていた艦隊が、7時間のあいだ発見されずに240キロの海面を通過していたわけですからね。
のちに、米海軍内で大きな問題になりました。

栗田艦隊は、船体がまだ水平線下の距離から、砲火を開きます。

ところで日本の軍艦は各艦ごとに、水柱の色がちがうこと知ってますか?自艦の砲弾の弾着を、正確に知るための工夫ですね。

別々にきれいに着色された水柱が、自分たちのまわりに立ち始めたとき、多くのアメリカ軍水兵は自分の目も耳も信じられなかったそうです。

タイトルは、そのときの一水兵の叫び声でした。













タグ:事実 通信
posted by shuuin at 00:29| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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