2007年04月24日

もうやめて帰ろう

そう思ったかどうかは、分かりません。

それこそ、後からまわりがいくら推し量ろうと分析しようと、そのときの栗田第二艦隊司令長官の本心は分からないままです。

ただ、ひとつだけはっきりしてることがあります。
まわりがなにを進言しようと、すべての判断決定は司令長官だけののものである、ということです。
これは、陸海軍問わず、あるいは軍隊というものがそうなのかも知れませんが。
わかりやすくいえば、たとえば幕僚全員が左といっても、実戦現場の司令長官が右といえばそれで決まるということです。つまり合議制ではないから、意志決定はあくまで司令長官だけが持つ特権であるということ。

戦争というものも、結局は個人の問題に帰するのか、と考えさせられることがよくあります。戦争を歴史と言いかえても、おなじかもしれません。
それはともかく、司令長官とはそういう権限を持っているだけに責任は重大ですし、人を得ていたかどうかで局面も左右されることになりますね。


レイテ湾での栗田艦隊の反転が、謎といわれて歴史に定着しているのは、当の本人が戦後長く沈黙を守ったままでなくなったからです。
その沈黙が、サイレントネイヴィーの伝統に従ったとか、黙して語らずの美徳にてらして、褒められたりもしてます。
敗軍の将は兵を語らず、とも。

でも、これって部下の落ち度をあげつらって、敗因を部下のせいにする卑怯をいさめたものであって、この場合はちょっと違うのではないですかね。部下たちにあたる各艦はみなよく戦ってますし、落ち度をとがめる出来事は起こってませんから。
明かさなかったのは、本人の判断や考えですから。黙秘権の行使?とまでいったら、いいすぎですか。

ちなみに、このレイテ海戦に参加していた第五艦隊司令長官志摩清秀中将は、逆にこの戦いのことを後世に残すのも指揮官であったもののつとめだと思う、と語っています。

人はそれぞれの人生観で生きるものだから、それを尊重してそっとしておく。栗田健男に取材拒否された記者は、たしかそのようなことを書いていました。

ま、栗田健男の名誉のためにいえば、沈黙することで嘘の言い訳だけはしなかった、ということでしょうか?

しかしそのために「謎」は残ったし、それによって栗田健男の名は歴史に残った、というわけになりますか。


                  



posted by shuuin at 14:56| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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