2007年06月05日

北の国から

先月だったか、サハリンから帰国した日本女性が、テレビに映ってるのを偶然に目にした。

サハリンという名は、例のサハリン2の問題で、ついこの間もニュースになっていたから、知ってる人もいるかもしれない。
この半島は、日本名は樺太といって、昭和20年までは南半分は日本領でした。ですから、当然住んでいるのは日本人、行政もインフラもすべて日本ですね。

昭和の戦争で、日本がポツダム宣言を受諾した日に、すべてが終わった。普通はそうなるはずですね。
樺太にいた日本軍は、もともと米軍が北から攻めてきたときの備えでしたから、すでに武装解除をしていました。

テレビの中で女性が、「あの樺太で戦争があったんですよ。そのことを知って下さい」と、笑顔で静かに訴えていました。
そこで起こった出来事を、歴史を日本の人に覚えていて欲しい、そういう切ない願いがこめられているようで、胸を衝かれました。

あのときのことを知る人は、今の日本人に何人いるでしょう?

サハリンに残された日本人が、はじめて一時帰国を果たしたのが、平成二年だったと聞いて、驚きました。
日本人であることを隠して、朝鮮語や中国語で暮らしていたと聞けば、苦労のほども偲ばれます。

その女性は、北海道の親戚に会うための、何度目かの帰国のようでしたが、日本に時々帰れるだけでも幸せという風情でした。
一緒に娘さんが同行してましたが、朝鮮語しか話せないとか・・・・

北の海で、日本の漁船が拿捕された。サハリン当局に連れて行かれたと、ニュースがながれた。

ロシアの外相が、初めて北方四島を視察したという。


テレビでは、食べ物の旅番組とかで、「日本の最北端の島、礼文島」などと、女子アナが何度も強調していました。最北端?・・・・・・

21世紀になっても、戦後はまだ終わっていないのではないのかな?


樺太の戦争を、エピソードまでふくめて、つぶさに知りたいと思った人は、『昭和史の天皇』第四巻を読んでごらんになると良いです。
この本は、多分たいていの図書館にはあると思いますけれども。


*ウイキペディアは、終戦直前のソ連軍の侵攻で・・・でしたが、終戦 後なんですがね。









posted by shuuin at 18:55| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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