2007年03月19日

不思議な定め

瀕死の「武蔵」の南にシブヤン島がある。
その北岸に乗り上げる指令もきたようである。

が、すでにどうにもならなかった、と。

猪口艦長は、いわば便乗員である「摩耶」乗員だけでも先に移そうと「島風」に横付けを命じている。
いよいよというときは、まず預かっているものたちを先に助けようとする、律儀で古風な日本人気質を感じてしまう。

大半の乗組員が移乗したのだが、一部のものはなお「武蔵」の応急手当を手伝うために残ったという。

この間、17:15に栗田艦隊は再反転して、再びレイテに向かって進むことになる。

「濱風」が「島風」に代えられたのはこの間のことである。
ふたたび、艦隊がUターンをしたのだが・・・

実は「濱風」は、至近弾を受けて少し損傷していたのだ。
それを知った栗田長官が、無傷の「島風」を艦隊に呼び戻したわけである。

暮れなずむフィリピンの海を、艦隊の後方を離れて、「武蔵」の停止する海面に引き返す「濱風」。
戦列にもどるべく、第二水雷戦隊の艦隊先頭に航る「島風」、それぞれの乗員の思いはいかばかりだったか・・・


そこから、「濱風」が僚艦「清霜」とともに「武蔵」の警護に当たることになる。

後に、この駆逐艦は自分の旗艦である戦艦「金剛」の、そして潮岬沖での空母「信濃」の最後を看取り救助することになる。
その「濱風」は、あの沖縄特攻とよばれる天一号作戦に「大和」に従って出撃。「大和」に先駆けて沈んだ。

実は航空母艦「信濃」は、大和型の3番艦を空母に改装したものだった。
つまり、駆逐艦「濱風」は、日本海軍の三つの巨艦すべての最後に直接かかわったフネということになる。
偶然だとしても、なにか不思議な定めのようなものが感じられないだろうか。



posted by shuuin at 15:19| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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