2007年04月29日

昭和82年


今年から今日が「昭和の日」になりましたね。

かっては、昭和天皇のご生誕の日であるから「天長節」と呼ばれていました。
敗戦という歴史がなければ、さしづめ「昭和節」でしょうか。

で、わたしの雑記ノートの表紙を見たら、今年は昭和82年。
断っておきますが、いくら昭和の人間だからといって、いまだに昭和の年号を使っているわけではありませんよ。
ただ自分の読書の便宜のために、西暦、平成の年号と併記してあるだけですが。


いまから62年前の終戦の年、国民を気遣われて憔悴された昭和天皇が、皇后様とお二人でご不自由に耐えられた日々のご様子を、最近になって知りました。

今上陛下が皇太子時代の、学習院での日光疎開の生活・・・・・

東京大空襲で宮城内でも宮殿が焼けたこと・・・・・

何よりもあの大空襲の焼け跡に、煙と死臭の立ち込める中、自ら市中を見てまわられたことなど、露ほどもしりませんでした。

宮中のお文庫というのは、コンクリートでできた湿気の強い、陽の射さない、防空壕のことだったんですね。

そんなあれこれを、いまの国民はほとんど誰も知らないのではないですか?

これを読んでから、ジョン・ダウワーの「敗北を抱きしめて」を読み返したら、いかにでたらめな記述に満ちているかに驚きました。
ま、最初から生年からいって、それほど歴史に通暁してるはずがないとは思っていましたけれど。
でも、アメリカではいまや日本通の学者でとおっているようです。
現に東大教授の誰か(ナンジャパですが、名前がわかりません。中?韓?)が、テレビで何度も「ジョン・ダウワーはこういってます」と、決め手?として引用していました。
だれも、気づかずにいるといつの間にか定説として一人歩きするんですね。

また、話がそれましたが、歴史というのは誰かの説だけでなしに、様々な角度から読み取っていかなければならない、ということでしょうか。

その時代を生きたいろんな人の言葉をきくというようなことができれば、理想かもしれません。

単なる懐古ではなくて、過去を探訪することで未来が見えてくる。
頭の中の車に乗って、Back to the future です。さしづめ今日の行き先は、昭和20年の東京・・・・・







posted by shuuin at 16:48| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。