2007年05月05日

軍令部では

栗田艦隊の反転の報に接したその日の霞ヶ関の軍令部の反応は?

海軍軍令部というのも、離れたところでかなり的確に状況を把握していたのだな、と感じさせるものがあるので少し詳しく書きます。

あの真夜中にサン・ベルナルディーノ海峡を抜けるときに、栗田司令部は兵力と行動予定を打ってきたそうです。
戦艦4、巡洋艦8、その他駆逐艦などが、攻撃に向かっている、と。軍令部作戦室では、まだかなり戦力が残っていると、ほっとしたようです。というのは、シブヤン海でどのくらいがやられてしまったのか、分からなかったからです。

で次は、海峡の出口で待ち構える敵機動部隊との交戦を予期します。戦闘が起これば電報が殺到するはず。
ところが、それが一向に来ない・・・・・??
そのうち、恒例の朝の作戦説明の時間になった。定刻08:30に毎朝これをやってたのですね。

及川総長、伊藤次長、米内海相、井上次官ほか20名ほどがあつまって来た。当直幕僚が、経過を報告します。
栗田艦隊は進撃を続行中、小澤艦隊は昨日艦載機を放って攻撃したが戦果報告は未着、基地航空の総攻撃で敵空母一が炎上し大傾斜してる、味方潜水艦12隻はサマール島東岸に突撃に転じた。
そして今朝入った最新情報として、西村艦隊ほぼ全滅、志摩艦隊は魚雷攻撃のあと退避行動に入った。

さすがというか、当たり前というか、10月25日の朝の時点ではほぼ完璧に状況を把握してますね。
実は小澤艦隊は、まだ発見してもらえなかったから、報告はしようがない。炎上して傾斜してるのが軽空母プリンストン、これは基地航空の彗星艦爆の一機が、敵艦長に悪魔のような巧みさといわせた技量で、結果的に沈めたもの。実はハルゼーが、小澤機動部隊がいるのでは?と、疑うきっかけになったのですから、戦場の機微はここにも。ハルゼーはこの彗星艦爆が空母から来たものと思ったのですね。
ほかにはいつも忘れられてしまいがちな潜水艦部隊はレイテの海に突撃して、たしか半数以上が還らなかった・・・・・


で、この説明の終わるころ、突然作戦室の電話が鳴りだした。
埼玉県大和田村の海軍通信隊から。こんなところに敵信傍受専門の通信隊があったんですね。
米軍の緊急平文電報を傍受したから、との知らせ。
「われわれは今、敵の戦艦4、巡洋艦8、駆逐艦多数から砲撃を受けている。緊急援助をこう」
最後に、This is not a drill.

実は、この電話をとった方がそのとき作戦記録担当の野村實中尉。
いまでも、あちこちで活躍されてるから、知ってる人も多いかもしれない。シュミレーションゲームの監修とかもしてたかな?

軍令部の電話が、箱型の手回しハンドルの旧式のやつだったとは、ちょっと想像のほかですね。
で、聞こえないから、エッ、エッて聞き返す。
静かな部屋で、総長、大臣以下耳を澄ましてる?
横から、つっと受話器をとったのが、航空参謀の源田實大佐だったと。かっては南雲艦隊の航空参謀、戦後参議院議員にもなって、航空自衛隊の誕生はこの人の力といわれてますが、このときはここにいた。このときの電話は、敵の傍受電だけでは信用できなかったのか、源田大佐がのみこんで披瀝しなかったそうです。

そのあと、栗田艦隊からの報告がはいるのですが・・・・・

ちなみに伊藤次長は、沖縄特攻のあの伊藤聖一中将です。



posted by shuuin at 17:30| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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