2007年05月11日

参謀長の胸中は

レイテ海戦の栗田艦隊の反転に触れた最後は、参謀長小柳富次少将の発言の中で、ちょっと気になったことを書いておきます。

味方の各艦があと一歩のところまで、敵を追い詰めていたことがわからなかった、と。「大和」の位置がそれほど後方だったことになりますか。

このとき、敵の逃げてる先にレイテ湾があったのですから、米軍側は日本艦隊を引き連れて来てることに、困惑していた。
しかもこのとき、米軍側は弾薬や魚雷が足りなくなっていた。もっともこれはあとからわかったことですが。
それで、敵機の多くがなんとフェイク攻撃を繰り返したといいます。でも、見せ掛けのフェイントでも、雷撃機が突っ込んでくれば、艦は回避運動をする。それで追い足が鈍ることになる。

「どうせもう、上陸した後だから(初上陸は5日前)湾内は空っぽではないか?」
これは、出撃前にもそんなことをいってました。
「せめて湾内の様子が見えたらと思っても、もう飛行機は飛ばしてしまってない」
あの、北に走ったために飛ばした艦載機は、こんなところで響いてきました。
「それと、スリガオ海峡で西村艦隊や志摩艦隊を叩いた敵艦船群がレイテにもどって待ち構えているんではないか?」
日本の両艦隊の結末は、志摩長官からの電報が栗田司令部に届いてわかっていたのですが、これでは敵艦隊の威力を恐れているように聞こえます。

首をかしげたのは、次の一言です。
「それに敵は湾の入り口に機雷網を敷いているかもしれない。自分たちだけは通路がわかるようにして」

?????オイオイ、そんなことはこの期に及んでいうことか?

日本海軍の最後をかけて、「レイテ湾突入」と決めて、決死の出撃をして生還を期せずだったはずなのに、機雷があるかもしれないとは・・・
今更それはないだろう、という気がします。

ここで思わず本音が出てしまったなと、どうしても思ってしまいます。

「大和」の通信士が艦橋に報告に上ったときに、参謀長と栗田長官だけが防弾チョッキを着ているのを目にして、驚いたという話と符丁があってきます。「うちの長官と艦長は端然と白服でいるのに」は、宇垣中将と森下大佐ですね。

防弾チョッキ組は、やっぱりちょっと命が惜しい口だった?、とつい考えたくなります。

それと、輸送船なんか相手にしたって、というのが海軍軍人なら当然の考え方である、と参謀長は再三いっています。
もし、その輸送船群をやられていたら、戦争に負けないまでも取り返しのつかないほどの深いダメージを負っていた、というのは米軍側。

あの時、レイテ湾には100隻からの艦船がひしめいて、物資や兵員の陸揚げの順番を待っていたといいます。








posted by shuuin at 19:07| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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