2007年05月16日

ねずみ輸送

ねずみ輸送といっても、ねずみを運んだわけではありません。
クロネコや、ペリカンがあるから、ねずみもあり?などと若い人につっこまれそうですが、それでもありません。

ねずみ輸送という呼び方は、かって水雷戦隊が、ガ島に陸軍部隊を運んだときに、こう呼んでいました。
度重なる輸送船の被害で窮余の一策、もともと人や物を運ぶようには造られていない駆逐艦で、ガダルカナルに夜間に強行陸揚げしたわけです。夜になって活躍するから鼠というわけ。

レイテ島の場合も、最後はネズミ輸送になったそうですが、こちらはいわば小ネズミ輸送?だった。

前に書いた輸送船続きの話なのですが、レイテの場合すでに船が足りなくなってるから、たまたまマニラ湾に入港した船は、片っ端から頼み込んで使ったといいます。
とにかく、師団を送り込むということになると、兵員だけで万単位になるわけです。装備も含めると大変な量で、当然大型船が何杯も必要。

レイテでは、あのレイテ湾の反対側オルモックに上陸したわけですが、そこが遠浅だったことがわざわいします。
海軍では、あのキスカ撤退作戦で有名な木村昌富少将の水雷戦隊などが、船団護衛につきました。が、船足のおそい輸送船にくわえて、沖泊まりしての揚陸に手間どるために、駆逐艦にも輸送船にも被害が甚大になってきます。

実は、陸軍航空隊の第四航空軍も、船団護衛をしていました。
この船団護衛というのが、かねてから南方戦線での四航軍の宿命だったといいます。
これが案外に大変だったらしい。数がいるし消耗する、と。
船団が出れば、夜明けから少なくとも一個中隊(12機)は船の上に置く。敵が来そうなときは、もう一個中隊いる。昼間明るいうちは、一時間から一時間半交代でずっとこれを続ける。つまり、百三四十機が必要になるわけですが、ひとりに二回ずつ出動させて不足をカバーする。その結果パイロットに疲労がたまる。護衛は受身だから、それだけ大変だそうです。いつも低いところを飛んでないといけない。そのため上空警戒の機と2層になって飛ぶそうです。
航空戦闘ではいかに敵の上につくかで、勝負が決まることは映画でもよくみますが、艦隊護衛は不利な戦闘を強いられて消耗する。
消耗とは撃墜されて、パイロットは死ぬということですよね。
どんな仕事にも、聞いてみて初めてわかる苦労がありますね。命がけで、縁の下の力持ちの役目を果たした男たち・・・・・

そうそう、小ネズミの話がまだ途中でした。当時はあちこちで、大発、漁船、機帆船まで十トンから三十トンぐらいの船を、内地から運んできて使っていたんですね。船員はいわゆるねじり鉢巻の漁船員たちでした。夜出発して、朝になるとどこかの島影に隠れて、夜になるとまた動きだして、マニラからレイテまで時に1週間かけて、運んだそうです。
空襲が激しくなって、ネズミ一匹漏らさないようになっても、やめるわけにはいきませんよね。

「船長を督励して『頼む』というと、あの人たちも気合が入ってましたね。『大丈夫ですよ、まかしてください』といってね・・・・」

ぐっときますね、この男たちの心意気に。
天気図をみて、明日からくずれそうだというと、「それっ」てでかけたそうです。悪天候なら、敵機が来ないから。でも、自分たちは小さな船で大変なはず・・・・・

このネズミさんたちも、帰ってこない人が多かったそうです。
通信能力不十分だから、どうなったかも、どんなに勇敢だったかもわからずじまいだそうです。
船を出しただけで、十二分に勇敢だったと思います。
無名だけれど、間違いなくこの人たちも昭和の日本人ですね。



posted by shuuin at 18:27| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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