2007年06月02日

若者の笑顔

読書だけは、日々欠かさないのだが、日記は頭の中だけで終わっている。

一方通行のブログに、いわゆるモチベーションがさがった状態なのかもしれない。

そんなところで昨日、ある若手大学教授のサイトに偶然に入ってしまった。専門は経済学者らしいのだが、軍事も手がけているようで、昭和の戦争もかなり調べてはいらっしゃる。

ところで、特攻自然発生説というのがでてきましたが、そんな説があったとは知りませんでした。さしずめ教授の立場は、特攻上層部強制説になりますか。

その記事のなかに、一枚の写真がありました。出撃前に、司令官と盃を交わすところなのですが、みな笑顔なのです。その説明が、「笑顔からはうかがい知るよしもないが、・・・・」
要するに仲間の手前、弱虫といわれないために笑っているというのですね。
ということは、それが作り笑いということになりますが?

ここですぐに浮かんだのが、いつか触れようと思っていた陸軍の落下傘部隊の話です。
空の神兵と歌われた、パレンパンの落下傘降下は有名ですね。そのあとシナで訓練を続けていた空挺団でしたが、二度目があのレイテ島でした。

高千穂挺身隊と、薫空挺隊がそれですが、戦後もほとんど知られることもなく、歴史の闇に消えています。

戦闘記録の残っていない部隊、帰らざる部隊だったのです。

そのときに従軍画家だった吉岡賢二画伯が、出撃直前のスナップを撮り、それが貴重な記録になっているようです。

で、その吉岡画伯の次のような証言があります。

「わたしが一緒に暮らした感じでは、これが特攻隊だという、せっぱつまった緊張感みたいなものは全然ありませんでした。ひどくなごやかで、朗らかで・・・・。どういえばいいのか、ちょうどラクビー部の合宿所にいるような雰囲気でしたね。隊員の中にはひげをはやした人もいたが、みんな若い人でした」


いよいよ出発のときに、送る方は感傷的な気持ちなのに、送られるほうは冗談を言っていたそうです。

覚悟を決めてしまったとき、人は吹っ切れるとかいいますが、死地に向かう仲間の連帯感がそんな雰囲気を生んだのでしょうか?

作り笑いなんかではなくて、自然に浮かんだ笑顔だったんだなと思うことで、少し救われるのですが・・・・・

薫空挺隊のことは、明日書きます。






ラベル:落下傘 笑顔
posted by shuuin at 20:11| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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