2007年07月08日

勅令とは?


昨日は触れなかったのですが、ちょうど70年前の七夕の日に、盧溝橋事件が起こったのでした。

その日を境に、いわゆる支那事変が勃発してしまったのですが、はじめはすぐに解決すると思ったものが予想外の雲行きになったのを見てか、9月に5日間の臨時帝国議会(現在の国会にあたる)を開いて、「臨時軍事費特別会計法案」が決まっています。

議会に通常、特別、臨時の三つがあるところは、現在の国会に踏襲されていますね。この法案がつまりは軍事費、簡単に言えば帝国陸海軍が使うお金のことです。
この特別会計というのが、実はすごいことになってます。なにが特別か?

一般に国の予算というのは、単年度会計です。これは昔も今も、変わりはない。ところが、この軍事予算は戦争が始まってから終わるまでを一会計年度としていたのですね。つまり何年でも、戦争が続く限り追加追加でどこまでも・・・・・

不幸にして、支那事変からそのまま大東亜戦争に突入していますから、8年ちょっとがそのままというわけ。
最後は終戦のどさくさですから、ついに会計報告はなし?うやむやにおわります。ちなみに財源はすべて戦時公債ですから、今で言えば国債のようなもの。

ま、戦争の最中に、一つ一つ議会であれこれもんでいたらこれも困るということで、とられた処置なんでしょうが。

これでひとつ納得したことがあります。例えば、あの終戦前後にもビルマのバーモウとか、日本への亡命者が何人かいたわけですが、軍部は気前よく大金を使っていました。戦地や外地でも必要となれば、とにかく金ばなれがよかった。内地の物資の逼迫に比べてよく金があるなと、いつも不思議な気がしていたのですが?

ところで、国家総動員法や電力管理法というのは、12月からの通常議会ですから、決まったのは翌年の3月です。このときには、支那事変はすでに拡大の様相を見せ始めています。
大本営が不拡大方針を諦めたのが、3月の徐州会戦だといわれています。


ところで、法案は議会で決まるわけですが、その実際の施行にあたっては、そのつどそれぞれに細則といったようなものを決める必要がありますね。
最初にすべてをかっちりと細かく決めたら、がちがちの法律になってかえって役に立ちません。わかりやすく例えれば、道路交通法というものがあって、その範囲で警察がそのつど規則を作ったり変えたりして運用する、というのと同じですか?

で、旧憲法下ではそれは勅令でした。この勅令の意味を意外なほど誤解している日本人が多いのには、あらためて驚きます。

もしやと思い、ネットで「勅令」を検索したら絶句しました。
勅令とは、天皇の命令のこと。はてな?
ほとんどがこれ一色に見えましたから、どこかに正しい説明があるのかどうか、調べる気力をなくしました。

これこれは勅令だから、天皇が命じたのだ。あるいは、勅令をだした天皇はそれを知っていた。このての言説をよく見聞きしますが、いわゆる半可通の戯れ言か、なにか為する発言?

勅令とは、いまで言う政令、内閣令や省令の類。言ってみれば総理大臣を任命するのが天皇ですから、総理大臣に任せたという意味で首相が決めたものを勅令と呼んだわけです。

後に行われた、どこどこの工場を軍需工場に指定するとか、金属の供出など、そんな細かいことを一々天皇が指示するなんて想像するほうが変ですね。

勅令とは、帝国憲法下では国務大臣の輔弼で首相が決める命令のこと。さすがに首相単独はダメだけれど、だれか国務大臣が一緒ならばよい、ということ。

ちょっと余談になりますが、戦後米軍が日本を占領していた何年かの間、GHQの命令を迅速に施行するために、この勅令を利用していたんですね。だれが呼んだか、ポツダム勅令といったとか。








posted by shuuin at 17:49| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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