2007年08月23日

サイパンから硫黄島へ

あの硫黄島が激戦の末に陥落したのは、昭和20年3月27日でした。

この間もB29による空爆は、連日のように日本各地を襲っていましたが、そのうちに傷ついたB29がバンホーを呼ばなくなったそうです。
米軍機は、海上ではなく硫黄島に不時着すればよくなったわけです。

日本側では、硫黄島の飛行場が使用可能になるのに1ヶ月かかるとよんでいました。ところが、陥落一週間後には、ハワイ、ブラウン、サイパンが硫黄島にさかんに電波を出していたそうです。そして輸送機らしきものがさかんに発着してる様子が、察知できた。そこで中央通信調査局では、陸軍に偵察を依頼しました。新司偵を飛ばして高度1万メートルから、硫黄島を空中撮影したところ事情が判明したそうです。

硫黄島には、千鳥・南の2本の滑走路がありましたが、どちらも1000メートルの短いものでした。大型爆撃機であるB29の発着には長さが足りないはずでした。ところが、米軍はこの二つをつないで一本にしてしまっていたことが判明します。
物量と機械力のアメリカ軍は、得意のブルドーザー作戦で、あっという間にやってのけたのかも知れません。当時、飛行場建設などは人力が主体の日本側の読みとは、大きく違っても仕方ないかも知れません・・・

かくて、B29の消える機体番号はすくなくなって、新しいのが増えるばかりで、一覧表の登録機数が600になったわけです。600機が入れ替わり立ち代り、面白がって?焼夷弾投下にやってくるのですから、警戒警報、空襲警報のサイレンが日本中で毎日鳴り響いていたわけです。その間にも、ロッキードとかカーチスといった艦載戦闘機が、列車や車や動くものを、どう考えても遊びとしか思えない銃撃を加えてくるのですから、警報が間に合わなかったり、国民も大変でしたね。

変なところでまた脱線しましたが、調査局のほうでは戦隊の400番台がサイパン、500番台がグアム、700番台がテニアンということまでわかってきました。
サイパン、テニヤン(たしかこう呼んでた?)は、ヤップなどと一緒に日本の委任統治領でしたね。マリアナ諸島でもグアムはアメリカ領。
これらの島が観光地になって遊びに行けるようになったとき、そこが日本爆撃のB29の基地だったと戦後に聞かされた世代は、どうしても遊びに行く気分にはなれなかったものです。まして、サイパンは玉砕の島ですしね。

「大変だ、敵は一夜にして周波数を変えた」
20年の7月下旬のある日、通信士が真っ青になって報告したといいます。それから二十四時間、聞き続けたらサイパンの新しい周波数をつきとめたそうです。
二十年、三十年のベテラン通信士がきけば、周波数を変えても、相手通信士のキイを叩く癖などで見破るそうです。すごいですね、熟練のちからは・・・・
そして、この新しい周波数のコールサインのなかに初めて600番台で機番号が一桁のものが、現れたのだそうです。
ひとつの戦隊なのに、数機しかいないとなるとやはり奇異な感じがしたでしょうね。後でそれが原爆投下部隊だと判明したわけです。


ところで、先ほど偵察に飛んだ新司偵ですが、百式司令部偵察機というのが制式呼称。三菱重工業が設計製造を担当した複座偵察機です。
九七式の後継機で百式、敵にも恐れられてかダイナというコードネームをもらってます。ちなみにニックネームは別に「写真屋ジョー」と。超高性能偵察機といわれ、海軍もしばしば借用して偵察任務に使ったとか。海軍にはたしか彩雲という艦上偵察機がありましたね。
強行偵察機ですから、速度だけが命。改良を重ねて1500馬力エンジンに換装したV型では、時速650キロをだします。
終戦まぎわの四型ではターボチャージャー装着で、高度一万メートルで巡航630キロ、傑出した高高度性能を発揮します。戦後米軍がアメリカ空軍の航空ガソリンで飛行実験したとき、時速689キロを記録したといわれます。
軍の要望で、三菱の技術者がエンジンの機械的性能向上のみで、スピードを獲得しようとした成果でした。
ちなみに、ガソリンのオクタン価を高めればより高性能を引き出せることは、とっくにわかっていました。
何しろ最初から石油がない戦いだったのですから、飛行機の飛べるぎりぎりの薄さで特攻機も飛んだわけですよね。それは開戦前からの日本の宿命でした。
いま、バイオ燃料でアルコールが騒がれますが、戦前からガソリンを薄めるためにアルコールが混ぜられて、車などには使われていましたから。

そうそう、百式司偵改三型防空戦闘機というのがあります。これが機銃を装備してB29の迎撃戦闘機の役目も果たしたのです。実はこれも、九州の航空基地が沖縄戦で消耗したために、東京防空の部隊が九州に転出したことによる穴埋めだったのですが・・・・・・・

それから、高度一万メートルから航空写真を撮ったのが日本光学のエーロニッコール、あの世界に名高いNIKONの日本光学です。
本来の航空撮影は高度にあわせた何種類ものレンズが必要なのですが、増産のために50mm、F5.6(高度一万メートル用)にしぼって、モーターで露出からフイルムの巻上げまでを行う全自動式にして納めたといいます。

硫黄島の上空一万メートルは、その距離しか取れなかったのですね。
でも、考えてみれば敵の制空圏の只中に一機で偵察するわけですから、やはり勇気のいる任務ではないでしょうか。






posted by shuuin at 19:47| ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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